200名弱の聴講者を集め世界の安全の2大トレンドについて徹底議論

一般社団法人セーフティグローバル推進機構(IGSAP)と日経BP総研は2018年11月20日、「Safety2.0 国際安全シンポジウム 2018」を開催した。3回目となる今回のシンポジウムも、参加者の数はほぼ200名と、会場の機械振興会館(東京・港区)「B2ホール」を埋め尽くした。こうした中、今回は「世界は、安全で会社を強くする」をテーマに、六つの講演とパネルディスカッションが催された。

上田洋二氏

最初の登壇者は、経済産業省大臣官房審議官(製造産業局担当)の上田洋二氏。「製造現場の安全と未来」と題した講演では、ものづくりの在り方がAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)などの最新技術により大きく変わる中で、安全確保に関しても最新技術の活用やものづくりの変革を捉えた新たな取り組みが必要と強調した。 実は、その先駆けとなる取り組みが、「Safety2.0」と呼ぶ協調安全といえる。

上田氏に続いて登壇したのは、そのSafety2.0の産みの親でありIGSAPの会長でもある向殿政男氏。

2018年10月にフランスで開催された、産業オートメーションの安全に関する国際会議「SIAS(International Conference on the Safety of Industrial Automated Systems)」で、「協調安全Safety2.0を実装して未来安全構想を推進する日本」と題して講演し、日本の安全への先進的な取り組みを世界に発信した。今回のシンポジウムでは、そんなSIASでの各国の発表を基に、世界の安全の流れを分析。具体的には、「主要な議題が、1999年の開催当初は機械安全だったが、その後徐々に機能安全に移り、ことしは協調安全に移行した」とし、協調安全において日本が主導的立場を取る中で、「世界は同じ方向を目指している。世界中で手を結び、共に安全を構築していくことが肝要」と結んだ。

向殿政男氏

協調安全と同様に、世界の安全のメガトレンドとなっているのが、「Vision Zero」である。
「職場におけるあらゆる事故、ケガおよび疾病は予防可能」などとして、職場での安全・健康・幸福を実現する活動のことをいう。

Hans-Horst Konkolewsky 氏

世界の社会保障機関や団体を会員とする国際機関ISSA(International Social Security Association、国際社会保障協会)がVision Zeroの普及活動に努め、2017年9月にシンガポールで開催された「第21回世界安全国際会議」の場で初めて世界に参加を呼びかけた。これを皮切りに、世界中でローンチイベントを展開。わずか1年余りで、1860の企業、507の団体、519人のトレーナーがVision Zeroの活動に参加している。今回のシンポジウムでは、ISSAの事務総長であるHans-Horst Konkolewsky氏が緊急来日し、日本での初めてのローンチイベントと位置付けてVision Zeroを詳しく紹介。「日本でのVision Zero活動に協力しながら、SDGs(持続可能な開発目標)とも絡めて推進していきたい」と述べた。

続いては、ドイツの老舗安全装置メーカーのPilz社でCEOを務めるThomas Pilz氏が登壇した。

まず、ドイツが国を挙げて推進するIndustry4.0について説明。それによれば、Industry4.0は、実空間(フィジカル空間)にある多様なデータをセンサーネットワークなどで収集し、仮想空間(サイバー空間)において大規模データ処理技術などを駆使して分析・知識化する、サイバーフィジカル生産システムを活用する。その結果、どうなるのか。
Pilz氏はクルマを例に、「標準化されたクルマを造るのではなく、顧客の好みに合わせたクルマを造るようになる。これが、Industry4.0の意味するもの」とした。その上で、「人とロボットが同じ空間で仕事をするようになってきている」という認識を示し、Industry4.0の前提としてセーフティーとセキュリティーの両方が重要であると強調した。

Thomas Pilz 氏

次からは、日本において安全を積極的かつ先進的に推進している、製造業と建設業それぞれの代表企業が登場。

星野晴康氏

まず、製造業からは、トヨタ自動車の安全健康推進部安全衛生室主幹の星野晴康氏が講演した。実は、同社は、全災害(医師による治療を要す災害)が1990年代から2000年代半ばにかけて下げ止まり、この点に関して同業他社や関連会社と比較しても優位性がなかったと明かした。そこで新たな安全文化の構築を目的に、「『安全第一』の可視化」や「フェルトリーダーシップ」、「経営者・管理者の意識改革」など全社を挙げて数々の対策を実施。その結果、2000年代後半から効果が現れ始め、その後、全災害の大幅削減を果たした。こうした中で、生産現場においては協働ロボットの活用が新たな課題として浮上。星野氏は、そんな同社の生産現場の様子をビデオで紹介しながら、人協調機械の今後の方向性について言及た。

続いて、建設業から、清水建設の土木技術本部常務執行役員本部長の河田孝志氏が登壇した。

現在、建設業界では国土交通省が旗を振る形で、調査・測量から設計、施工、維持管理・更新までの全建設生産プロセスにおいてICT(情報通信技術)などの最新技術を活用する「i-Construction」を推進し、2025年度までに建設現場の生産性を2割高めるという目標を掲げている。こうした流れの中で、清水建設では次世代型トンネルシステム「シミズ・スマート・トンネル」を開発中で、責任者を務める河田氏がその詳細を初めて明らかにした。具体的には、同トンネルはセンシング技術を活用して熟練工の知を取得・定量化しながら、AIによる建設機械の運転制御を協調させる、いわゆるSafety2.0システムを導入し、生産性と安全性を高い次元で両立するというもの。河田氏は、「技術革新と基本の『凡事徹底』を重ねることで、トンネルは最も安全で生産性の高い工種であるといわれるように全力を尽くしたい」と語った。

河田孝志氏

以上、六つの講演の終了後、IGSAP理事の藤田俊弘氏をモデレーターに、向殿氏、Konkolewsky氏、Pilz氏、星野氏、河田氏の講演者に、中央労働災害防止協会常務理事の阿部研二氏を加えた6人をパネリストに迎え、パネルディスカッションが催された。

主なテーマは、「VisionZero・トップのコミットメント」「技術の進化としての協調安全Safety2.0」「人材育成・安全要員資格」「国際標準化・国際連携」の四つ。議論に先だって会場の参加者から質問を募ったところ、今回のシンポジウムの目玉の一つでもあるVision Zeroに関する質問、とりわけ「トップのコミットメントが重要であることは分かるが、日本では安全に対して現場が気を付けていればいいという風潮がある。そんな中で、どうすれば経営者の意識を変えることができるのか」といった、経営層の意識改革に関連する質問が多数を占めた。これに対しKonkolewsky氏は、「コミュニケーションが重要」とした上で、「現場の問題や課題をたった2行に表現して経営層に伝えると良い」と具体策を提示するなど、日本でのVision Zeroの普及・定着に向けて様々なアドバイスを披露した。

左から、星野氏、Pilz氏、Konkolewsky氏
左から、向殿氏、阿部氏、河田氏

さらにパネルディスカッションの中で中災防の阿部氏は、ゼロ災運動のこれまでの活動を振り返りながら、新たな時代への対応として「安全衛生と経営の一体化」と「国際化への対応」の重要性を指摘。その上で、Safety2.0の考え方や呼称になぞらえ、人に頼った従来のゼロ災運動を「Zero AA(Accident Activities)0.0」、現場での活動を反映させたリスクアセスメントを通してモノ・設備の安全化とコラボレーションしていくゼロ災運動を「Zero AA1.0」、そして人の能力の及ばない部分でIoTやAIといった情報技術や最新技術を活用していくゼロ災運動を「Zero AA2.0」と定義し、ゼロ災運動が次のステップに向かって大きく踏み出したことを印象付けた。
こうして7時間超に及んだ国際安全シンポジウムも、閉会の時を迎えた。

挨拶に立った中災防理事長の八牧暢行氏は、「中身の濃い、素晴らしい議論が展開された。科学技術の進歩や働き方改革、価値感の多様化など時代が大きく変化する中で、IoTやICT、AI、ビッグデータといった最新技術が安全にどのような影響を与えるのか、そしてそれらをどのように生かしていけば良いのか、といった点について多くを学ぶことができた。実にタイムリーで有意義な1日だった」と、まるで多くの参加者の気持ちを代弁するかのように感想を述べた。そして最後に、「中災防はこれまで、指差し呼称やKYT(危険予知訓練)などのゼロ災運動を推進してきたが、今後はこれに加えて、経営トップの率先垂範や安全に対する投資、継続的マネジメントシステムが重要になってくる。その実践のためには、CSO(Chief Safety Officer:最高安全責任者)といった存在がぜひとも必要になるだろう。中災防は、協調安全や未来安全構想に積極的に関与していきながら、労働災害の撲滅に努めていきたい」と締めくくった。

八牧暢行氏

おな、六つの講演とパネルディスカッションの内容の詳細については今後、順次掲載していく予定である。